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ホーム文化祭〜星と音楽の夕べ♪



市内の友人宅で、素敵な集まりがありました。
お家で、ミニ文化祭を開いてくれました。同年代のご夫婦なのですが、お二人らしいアイデアのホームパーティでもありました。私が勝手に推測するに、自分たちの知人同士をより深く紹介したいというお気持ちからいろいろ準備してくれたのだと感じました。

どんな集いだったのか、まずは送ってくれた文化祭スケジュールが、以下のような感じ。


☆♪☆♪ 星と音楽の夕べ ~春のミニ文化祭~ ♪☆♪☆

PM3時~
庭でペール缶で作ったロケットストーブを使って夕飯を作ります(晴天時)
室内では金環日食撮影用ピンホールプレート作り(自由参加)
ミニ文化祭並びに星の写真展はいつでも自由に観覧できます

PM4時半ごろ
夕飯を食べます

PM5時半~
ぼちーばんどさん演奏 (アイリッシュ音楽バンド)
文化祭&星の写真展の作品紹介
アグネタリウムさん演奏 (夫婦で農業&音楽ユニット)
PM7時半~
屋上テラスで観望会(春の星空&土星&火星)(少人数入れ替え制で)
自由解散

       ☆♪☆♪☆♪☆♪☆♪☆♪



これだけ読んでもわくわくしちゃう内容ですが、展示作品のために、わざわざ、ご主人はお一人づつインタビューして、それをパネルにしてあったり、奥さまもいろいろ細かい気遣いをしてくれて、おかげで、実際楽しみ、いろいろ感動させていただきました。





ここは文化祭の展示室となったお部屋、それぞれの方の趣味や歴史の1ページが飾られています。





 



手作りの楽器、海外旅行の写真、英語のレポートなど。











こちらは、最近仏像彫りを始めたという方の作品。顔がご本人そっくり(笑)。そんなつもりはなくとも、そーなってしまうものらしいです。








こちら、私のお気に入り、主催者奥さまの羊毛フェルト作品。なんとはじめてお人形をつくったそうです。雰囲気があって、とっても素敵。ぜひシリーズ化していただきたいものです。









ちなみに私は、いろいろな場所で集め、地元で育てたお豆たちを飾らせてもらい、作品紹介の時に、主人と、種の話をさせてもらいました。




☆☆☆
星の展示室は、おしゃべりや鑑賞に気をとられ写真に納め忘れてしまいましたが(ごめんなさい。)天体の写真の他、3Dに見える双眼鏡や、お子さまの作品とは思えないミニチュアの天体観察機など、ご主人が長いこと星と関わっているだけあって、まさに玄人集団のお部屋でした!
☆☆☆




ひととおり、作品を鑑賞させていただいたところで、外に出て、先日一緒に作ったロケットストーブで、卵焼きやピザを作りました。こちら初めて卵焼きに挑戦のお子さまです。周りの大人たちに教わりながら、卵焼きが見る見るうちに上達、今頃、二個同時に焼いているのではないでしょうか(笑)。ロケットストーブも好評です!次回工作教室のお話も出ましたよ。







そして、出来上がった卵焼きやピザもテーブルにならべて、お食事です。奥さまはじめ、みなさま手作り料理のオンパレード。ひとつひとつ紹介したいくらいですが、食べるのを優先させていただきました(笑)。美味しかった!ご馳走さまでしたぁ!





そして、音楽の時間です。アイリッシュ音楽は、所謂リズム的で激しい感じのイメージがありましたが、草原で寝転んでいるような気分になれる、やさしいメロディラインもいろいろあるのですね。
夫婦ユニットでは、沖縄の三線やサックスとともに、ボーカルの美声が響き渡りました♪



いやはや、楽しい会でありました。残念ながら、あいにくの曇り空で、星の観望会はできなかったのですが、そのかわり、それぞれの方に、個人的に作品の話を聞いたり、初めての方とも久しぶりの方とも、ゆっくり、いろいろお話ができ、くつろぎの時間を過ごすことができました。
自宅に知り合いを呼ぼうと考えた時に、人数と料理くらいは考えるけれど、作品展示発表とまで考えてくれるのは、このご夫婦ならではですね。なんでも、それぞれちょっとこれはマニアックで、他の人にはと、気がひけるものでも(笑)、それぞれの興味の持ちかたとか、本人の考えには共感できるものがあるはずという視点もあっての企画らしいです。聞く方もそれに疎いと、聞きづらかったりしてしまいますが、今回はそのきっかけをもらえたり、またその方の別の一面を知ることができたり、一人の方を知る、楽しい企画でもありました。ありがとうございました!















# by comalisfield | 2012-05-01 07:00 | | Comments(0)

ざっくばらんに、地元議員さんと語る。

 政治の世界とは、関係なく過ごしている。と思っている方がほとんどだと思います。私もその一人です。
 私も、そりぁ自分の生活と関係はあるんだろうけど、どう関わっていいかわからないし、面倒だし、それより、したいこと、しなくてはいけないことが、毎日の生活にあるし、という感じでした。
 ただ、震災後、考えついたことのひとつが、政治参加でした。自分たちの生活の根本の根本は、政治で決まって動いてしまっているんですよね、残念ながらというか、面倒なことに。市民はそれを政治家さんに、おまかせしすぎた結果、仕方がないでいろんなことを見逃し過ぎてきて、結果いろんな問題が山積みになっているところがあるのだと思うのです。
 震災後、政治もこのままではいけないと思われた方、たくさんおられると思います。私も、地域のことは、もう少し自分たちで決めた方がいいのではないの?その方が無駄も減るんじゃないの?と単純に思ったのです。
 そんなとき、地元の知人で、何の会にも属さない個人の方が、議員さんと語り合う機会を作ってくださいました。これからも時々、議員さんを呼びたいとのこと、私もできるだけ参加したいと思いました。まずはお互いを知ることですものね。
 今回は、昨年神奈川県知事選で、選数二番で選出には至らならなかった、露木順一氏がお越し下さいました。なので、正確には今は議員さんではありませんが、元神奈川県開成町町長であり、総務省顧問就任経験のある方です。
 会場には、個人で開いたわりには、三十人は集まっていたかと思います。熱いじゃないかぁ秦野!と心の中でつぶやきました(笑)
 三時間近い間、いろんな話が飛び交いました。会を終えての率直な感想は、これで露木さんという方の考えが、すべてわかったわけでもないし、露木さんの全体の政策内容の書かれた紙もくばられ、その中に一概に賛成できないないようのものもありましたが、申し訳ないですが、現神奈川県知事の黒岩氏より、ずっとできる方ではないかと思いました。政治屋って、こーいう方のことを言うのだなとも思いました。はじめから、少々喧嘩越しで、露木さんに質問されていた方もいられましたが、いろんな問いかけに、冷静にすべて即答され自身の考えを述べる姿勢は、わかりやすく、議論しやすくもあり、現実的に物事を解決して行くには、必要なことだと思いました。綺麗ごとや美味しいことばかり言っていても、何も変わりませんものね。
 そして、市民が政治に参加すればするほど、政治は面白くなるのだろうなと思いました。わたしたちは、あまりにも、政治や市町村の運営をさぼってきてしまいました。その分、すぐにどうこうならない問題も多くあると思います。ゆったり腰を据えて、関わって行くしかないと思います。だけど、関わった分、未来への得は増えると思います。市民が勉強すれば、議員さんも勉強し、市民が勉強することは議員さんを育てることにもなると思います。だから、はじめの一歩として、私のような政治のことを何も知らない者が、率直にわからないことはわからないと伝えることも大事なのだと思いました。
 生意気なこと言わせてもらいますと、お上にお任せする時代は終わったのではないかと思います。市民が知らないばっかりに、市民が損していること、まだあると思います。意外とすぐに解決できること、市民が声をあげればひょいっと変わること、あると思います。これからが、本来の民主主義社会になるのかな!と期待感も生まれました。
 私は、身近な方々に接していて常々思うのは、日本人は捨てたものじゃないと。素敵な方、たくさんおられます。そんな方々が、自分たちの身の回りの住まいの運営に、もっと関わっていったら、ずっと住みやすい場所になると、単純にそう思えるのです(^ ^)
 ウチにも議員さんを呼んで、ざっくばらんとお話してみたいものだと思いました!






     (こちら、菜の花は菜の花でも、白菜の菜の花でございます♪)
















 
 

# by comalisfield | 2012-04-30 06:00 | | Comments(2)

『ロケットストーブ』なるもの、作製〜!

『ロケットストーブ』、まずはこのネーミングに惹かれました(笑)
震災後に、その存在を知り、なんでも、そのへんにある一斗缶と、煙突と、断熱材なるものがあれば、できるということで、とにかく熱効率が良い簡易なガスコンロとして、被災地にも作っては送っている方がいると知って、ずっと気になっていたのですが、先日、それをみんなで作る機会に恵まれました。
どういうものか、詳しくはちょっと調べれば、ネットでたくさん出てきますので、省略させていただきますが、その完成型のひとつがこちらになります。




これはペール缶を二段重ねにしたものです。真ん中に煙突を通して、煙突の中で燃やすことになるのですが、何でもこの形だと二次燃焼が起き、不完全燃焼しにくいそうなのです。この写真も、お米を炊いている最中なのですが、煙も立たず、火力が弱いのかなと思いきや、否その逆で、完全燃焼して、この土鍋はがんがんに温められている状態なのです。あっという間に炊きあがりました。燃料もわずかでよく、これは遥かに想像以上の効率で、本当にびっくりしました。さんざ、薪を扱ってきた、ウチの父も釘づけになっていました(笑)なんで今まで気づかれなかったんだろうと思うほど、仕組みは簡単です。





では、みんなで工作開始です。





グラインダーというアルミや石なども切れる電動カッターで、火花を散らしながらペール缶を切っていきました。はじめてグラインダーを扱う女性がほとんどだったのですが、やはり女はいざとなると度胸があります(笑)誰もかわいい悲鳴もあげず、冷静にこーかな、あーかなと奮闘し、一つできると「ふーっ」とため息をつく程度。もしかしたら、今回は超真剣メンバーだったからかもしれませんが(笑)



お昼には、ロケットストーブで、炊いたご飯や、茹でたうどん、そのほか、いろいろ持ち寄っていただいたもので、美味しく楽しくいただきました〜。やっぱり大勢で食べる食事はいいな♪




        そして完成です!




ロケットストーブは、工夫次第で、いろいろな熱源になります。
もちろん、このままバーベキューの時などに、火力にまかせての炒め物や、お湯をわかすこともでき、メニューの幅が広がります。またたとえばペール缶三段目に、オーブン機能を設置すれば、200℃などにすぐに上がるので、パンも焼くことができます。はたまた室内では、ドラム缶などを利用して煙突の部分を横に伸ばし、床暖房にすることもできますし、給湯器にすることもできます。ロケットストーブには夢があります(^^)
そしてもうひとつ、ロケットストーブ、オススメの理由は、今回もそうしたのですが、燃料が竹でも良いというところです。今まで鋳物で作られた暖炉などに、竹を使うと釜を傷めてしまうということでNGだったのですが、これはそれを気にしなくても良いですし、木の薪をわざわざ用意しなくても竹のような燃え方でも充分なのです。今、厄介者になってしまっている竹が燃料になるのです。これだったら、手に入りやすいですし、女性でも切ろうと思えば自分で切って得ることができます。素晴らしい〜!
ということで、次回はぜひ、オーブン機能も作って、ピザやパンを焼きましょうと言うことになりました〜♪











# by comalisfield | 2012-03-30 23:02 | | Comments(2)

タイトル、変えました!

このたびの未曾有の震災に遭われました皆さま、心よりお見舞い申し上げます。

震災から1年経ち、やっとパソコンに向かう気持ちになれました。
今後またどうなって行くかわかりませんが、未来に希望を繋げるべく、ささやかな願いを電波に乗せて発信し直したいと思います。

この一年、こんなに長く感じた一年は、子どもの時以来でした。いろんなことを、悩み、考え続けたからだと思います。私は、このたびの震災で、特に家族も直接の知り合いも何も失っておりません。家もあるし、仕事も変わらず続けようと思えば、たぶんまだまだできます。こんな私が落ち込んでいる場合ではないと何度も思いましたが、なかなか心から笑う気持ちにはなれませんでした。何人かの友人知人はここを離れて行き、放射能のことしか話さなくなった農業仲間もいます。私も、描いていた人生設計を書きかえなくてはならなくなりました。たぶん、第一次産業に携わっている方で、私のように、心の奥で悩み続けている方、たくさんおられると思います。ニュースにもならない地域でも、ひそかに多くの方が、苦しんでいること、ここにお伝えしたいと思います。やっぱり、私たちは、あまりにも多くのものを失ってしまったのだと思います、贅沢な暮らしをするために。
この絶望の中、何をどうすればいいのかと、数人の本音を語れる友人と話し合っているうちに、やはり地域の自給を高めて行くこと、自治の力を備えることが、これから私たちが作って行くべき社会なのだと、自分もこのことに関わって行くことが、前向きに生きられることにもなると思いました。以前からそういう社会になったらいいなぁと、のんびり思いながら暮らしてきましたが、今は、私たちが生き残るにはもうこれしかないと思っています。石油がなくても大丈夫な社会、東電に電気を止められても大丈夫な社会、上に頼らずに、横の繋がりで生きて行く社会、お金をまわすのも減らし、そのぶん人や物が直接動く社会、そのほうがずっと、自由にのんびり楽しく暮らせて行けると思いませんか?税金だって減らすことできると思います。日々の生活で支払うべきお金の額が減れば、それだけ、お金のために働かなくて良くなります。何を言っているのかと笑われるかもしれませんが、私はもう今の社会の仕組みにうんざりです。これが夢だとしても、夢のために、残りの人生かかわりたいと心から思うのです。もっとみんなが笑って暮らせる世の中に、しようと思えばできるはずです。そして、もしかしたら、この先ここを離れなくてはならない時が来るかもしれません。これからは、そんな時でも、どこに行っても、生きて行ける知恵を、皆で身につけていきたいと思います。
一年かけて、やっと起き上がり、そう思えるようになってきました。
休み休みでも良いから、もう少しだけ、ふんばってみましょうか。ふんばって、一歩、ふんばって、一歩、そして一服です(^^)
え〜っと、何やら、大きいことを書いてしまいましたが、かと言って、よーしこれから世の中変えてやるぞ〜とか、あまりたいそうなことは考えていません。すみません(笑)。ただ、何となくそっちの方向に進まないかなぁと思うことを、何人かで楽しくできたらいいなと思ってます。ご興味もってくだされば幸いです☆











# by comalisfield | 2012-03-30 20:16 | | Comments(2)

 新春のお喜びを申しあげます。

(photo by kazumi-kun &tomomi-chan)

   本年も皆さまの、ご健康とご多幸、ご豊作をお祈り申しあげます♪

昨年2月、「祝いつきの集い」と名づけた、結婚報告会を自宅にて開かせていただきました。この写真はその時のものです。(床が抜けなくて良かった!(笑))
もう約1年前のこととなりますが、私たちのここ一番の記憶となっております。
あらためまして、その節お越しいただき、またお祝いのお気持ちを届けてくださった方々に、感謝と喜び、ありがたきこととの思いを伝えさせていただきます☆






この素敵な会は、皆でお餅つきをして始まりました。
子供たちが、お父さんやお母さんと一緒に杵を持って、皆のかけ声とともにお餅をつく姿は、それはそれは平和そのものでした。普段お餅は嫌いで食べないと言う子も、一生懸命に杵を持ってついてくれて「美味しいからいっぱい食べたよ!」と。最高の一言です。




そして室内で音楽を。長年のつきあいの友に、やりづらい始まりをお願いしたら、急きょフルート演奏までしてくれて、懐かしさもあって、それだけで私は涙ものでした。
(ちなみに、ギター弾きnevetinのミクシーでのつぶやきは味があります。)



そして、私たち夫婦出会いの場となった、地元劇団「ぽてと座」さんによる、即興なれそめ?劇が(笑)。真実性は置いておいて、人物ものまねもふくめて、面白しろおかしくありがとうございました。(注意:事の成り行きをよく知っている第三者からすると、真実も、当人同士がまことにどんくさいので面白いそうです。あはは。)


そこへ我々も出演させてもらいました。(友人それぞれ手作りの、ブーケとウエディングベールとともに。。。)



次は、ご夫婦で古武術を習っているというおふたりに、初のお子さまをおんぶしての、忍術のお披露目を。ひぇ〜すごい!武器も使いようなのですねぇ。お噂はかねがね聞いておりましたが、初めて見させていただきました。(何も動じないお子さまも、流石です。)
奥様の方は、料理研究家でもあります。(こちら、この方のブログです。料理、食べ物大好きな方、必見です!)何事にも熱心な方で、結婚前には、私の畑まではるばるやってきていろいろ手伝ってくれました。

今回デザートをお願いしたところ、なんと田んぼデザインのケーキを作ってくださいました。これまた感動です。田植えと称して、稲苗代わりのハーブをそのケーキに植える作業を皆でしたかったです。気がまわりませんでした。またお頼みしたい一品です。





そして、こちらのご夫婦からは癒しのミュージックをいただきました。彼女は手先も器用で、ウエディングベールを急遽頼んだのですが、忙しいのにも関わらず、快く引き受けてくれました。彼らは夫婦で音楽活動をしながら、なんと今年から、ここ秦野で新規就農します。農家をやって行くことになりました。頑張れ!! 




会はしばし、ご賞味、ご歓談の時間へ。
今回お餅料理の他に、何人かの友達に、手作り料理を頼みました。ハンバーグにシチューに餃子にサラダなどなど、ひとつひとつ、お料理とその方を紹介できないのが残念ですが、みんな、検討もつかない人数の量を、頭を悩ませながらの、材料買い出しから、仕込みまで、数日かけての準備でした。こんな大変な頼み事にも、面白がって(たぶん途中で後悔しながらも・・・)つきあってくれた友友に、本当に感謝です。

今回振り返れば、結局みなさんに動いていただいてました。おもてなしさせていただくかたちから、逆におもてなしをしていただきました。できたての熱いお餅ちを、それぞれ切りわけてくださったり、洗い物に専念してくださったり、最初から承知でエプロン持参で来てくださったり、私の知らないところでも、いろんな方が気をきかせて動いてくださっていたことと思います。でなければ、とても無理でした。会が終わってからしばらくは、あれもできなかった、これもできなかった、あんなことしていただいてしまった、ほとんどお話もできずにお返ししてしまった、失礼なことをしてしまったのではないかと、反省しきりでしたが、そのあとで、写真や、いただいたお言葉から、皆が楽しんでくださった事実がちゃんと残っているじゃないかと、それで良いじゃないかと思い直しました(^^)
(寒い中、駐車場案内をしてくれた方、わざわざ最後まで残って、帰る方を駅まで送ってくれた方、夜、星が見えるかもしれないからと、天体望遠鏡を用意してくれた方、などなどなど、本当にありがとうございました!)









最後は、舞踏家で、ヨガ講師でもある、きららさん指導のもと、皆でヨガのポーズをとって会は締めとなりました。



普通、披露宴って、だいたい2時間だよね。。。そんなつぶやきが聞こえなくもなかったですが・・・途中で気がついたりもしたのですが・・・、欲張って、それでも割愛した、その結果の、昼から(中には朝から・・・)晩までの宴でした・・・。一生に一度のことなので、どうかご勘弁を〜!(今さらですが。)
あー、こんな私におつき合いしてくださった皆さま(旦那もふくめて)、ありがとうございました!!
今年もがんばろ!
本年もよろしくお願いいたします☆




# by comalisfield | 2011-01-19 19:29 | | Comments(10)

パレンバンへ〜おまけの記

 
パレンバンから、再びマレーシア側に入りました。車をレンタルして、マレーシアの避暑地と言われているキャメロンハイランドに向かいました。





向かっている途中、気になったこと。





それは、走っても走っても、窓からの眺めはパーム椰子ばかり。。。
そして伐採された姿。。。

今やマレーシアの大きな産業の一つなのでしょう。日本に送られてくるパーム油のほとんどはマレーシア産だそうで、自然志向もあって、パーム椰子から作られた洗剤などがはやされていたりしますが、これは明らかに生態系を崩す環境破壊であり、パーム椰子から油を採る過酷な作業には、貧困層の子どもたちが命がけで作業をしているそうです。








それにしても、南国です。時々突然視界が見えないくらいの雨が降ってきたかと思いきや、






1分後には、路面も濡れてない晴れ間となります。
高速道路はとても走りやすい道でした。





キャメロンハイランドでは、ちょっとゆったりとさせていただきました。
レイクハウスホテルに泊まりました。




室内はこんな感じ。











とても落ち着きます。




食事はこちらで。
何よりサービスが素晴らしく、貧乏旅行してた時には味わえなかった贅沢な時間でありました。





キャメロンハイランドは標高が1500メートルの所にあり、そのため南国でも1年中過ごしやすく、日本からの長期滞在者も増えているそうです。高原野菜作りが盛んで、ここの市場では、日本で見る野菜のほとんどがありました。マレーシアの野菜のほとんどはここで生産されているのではないでしょうか。(ちなみに、このお店では野菜のセット売りがされてました。)
正直、こちらのことだから、育てやすい環境だろうし、適当な育て方をしてるんじゃないのかと思ってたら、とんでもありません。いろいろ見させていただきましたが、作り方も日本とほとんど変わらないようで、とても丁寧です。



 

ユニークな畑も多く、ここのお宅の、一段一列づつ?の段々畑には脱帽です。
なんとまぁきっちり。




そして、こちらの畑の傾斜角には唖然です。名付けて、ロッククライミング畑。決してカメラを斜めにして撮ったわけではありません(笑)。ここは山なので確かに平坦な所は少ないのですが、何もあそこまで頑張らなくても、他に場所はまだありそうなのですが、、、。収穫物も一度落としたらどこまでも転げ落ちていってしまいそうです。。。




そして、キャメロンハイランドは紅茶の産地なのですが、これまた驚きました。



まず、紅茶の一本の幹の太さ。日本のは、ある程度で茶木を更新するためでしょうか、太くても、五百円玉コインくらいだと思うのですが、こちらのは、写真ほぼ中央にシルバーの円筒形のお弁当箱が吊るしてあるのが分かりますでしょうか?、かるくそれの倍以上あります。葉自体も大きいです。目検討ですが、胴回り60センチはあるのではないでしょうか?樹齢何年のものなのでしょう。。。




それにしても、見渡す限り茶畑で、その山の向こうもそうで、空いてるところには、とりあえず茶木を植えているようでした。見終わった頃には、他の畑があのような傾斜地に追いやられたのもわからなくなく思えてきたのでした。






旅もとうとう終結に近づいてきました。




キャメロンハイランドの山を降りて最後に、灯台へ向かいました。写真左斜め下に小さくオレンジ色で示されている所です。





ポートディクソン地区にある灯台です。






そこから、夕焼けのマラッカ海峡を眺めました。
波も穏やかに。
海の向こう、かすかに見えるは、インドネシアはパレンバンのあるスマトラ島。
旅の始まりの地を想い、旅の終わりを感じました。


おしまい。



# by comalisfield | 2010-03-31 20:20 | | Comments(0)

パレンバンへ〜その参 



。。。つづき




その後も、資料をもとに、当時からあった池をみつけたり、






祖父がパレンバンから家に送ってきた葉書が何通かあるのですが、おそらくそこから出されたであろう郵便局のあった場所を確認したりすることができました。




その途中。

道ばたで、とうもろこしを山盛りにして売ってるおっちゃんたち。
とうもろこしは鮮度が命なのに、こんなにいっぱい。売れ残ったやつはどうするのでしょう。。。









井戸端会議中のおじさんたち。





学校帰りの女の子たち。手に持っているものを見せてと言ったら、恥ずかしそうに差し出してくれて、開いてみたら成績表のようでした。そりゃ恥ずかしいですね。失礼しました。

















庭先のブランコで遊ぶ子供たち。





そうそう、このトラックの横をなにげなく通りすぎようと、ふと縛られているロープを見ると。。。



日本でも馴染みの南京結びがされていて「同じだぁ〜」と職業柄感動いたしました。
南京と言うからには、海を渡って日本に伝わったわけで、この縛り方は世界的なのかしら?確かにしっかり縛れますものね。





川に再び出ると、素っ裸で男の子たちが。。。



いち、にの、さぁ〜ん!

ざぶ〜ん!!



いぇ〜い。見事着水。
たくましいなぁ〜。







こちらは、裸足でお掃除。





橋の近くでは、タバコ売りのおちゃんや、







フルーツのカット売りのおっちゃんもいました。





       駄菓子屋を前にはしゃぐ子供たち。



パレンバンと言う街は、インドネシア国内でも、移動がしにくく、何故か隔離されているように在りました。そのせいもあるのでしょう。街自体は立派な都市ではあるけれど、人々は素朴な人が多く、おだやかに暮らしていて、旅人からしても、とても居心地の良い所でした。
祖父はここで最後を過ごしたのですが、無念ではあったと思いますが、実際に訪れてみて、ここで良かったと思いました。安心しました。


      おまけの記しに続く。。。

       


# by comalisfield | 2010-03-20 20:20 | | Comments(0)

パレンバンへ〜その弐

。。。つづき。



川沿いに、橋が見えました。戦後日本政府が、賠償責任として架けたそうです。それまでは、渡し船しかなかったそうなので、かなり便利になったことでしょう。





その近く、戦争中、陸軍病院のあったと思われる場所にたどり着きました。やはり現在はもうその建物はなく、何か軍の施設となっておりました。日本から持ってきた、祖母の遺影と、日本酒とお米をお供えし、お線香をあげました。
言葉にできないものがそこにはありました。




近くには、当時からあったと思われる博物館や、建物は新しいものの、場所は変わらずにあるモスクも確認できました。

















歩道の脇に咲いていたお花も、良かったねと言ってくれてるようでした。





さて、旅の目的がこれで果たせたと言うことで。



お腹も減ってきたので、また市場の方へ戻り、外でおにーちゃん達が炭火焼をしているお店に入りました。




真剣に品選びして、ウエイターに伝えるものの、メモをとってくれません。「大丈夫か?」と聞くと「頭良いから」みたいなジェスチャーをされました。











しかし、料理は同じものが二皿来ました。一つ忘れちゃったのね・・まぁ美味しいのでいいです。





レジで、片言のインドネシア語をしゃべって、女の子達とはしゃいでいるの図。





さて、食後、もうひとつ当時の資料にあった、ハンコ屋通りに行ってみました。




これは、祖父の遺品で、こちらで作られたハンコです。「スマトラ派遣記念」と彫られています。これが作られたであろう所を、たどってみることにしました。




すると、同じ場所にまだハンコ屋街がありました。これはまた感動しました。




せっせとお仕事をしているおじさん。



その側で、暑いのに炎天下で賭け事をしているおじさん連中、せめて日陰でやればいいのに・・。




この商店街のあたりは、いろいろなお店があって面白かったです。




青空床屋さんをはじめ、


 

      入れ歯屋。




カメラを向けると、調子こいて、ひっくり返してくれるパンケーキ屋さん。




うーん、よく分かんないお店。





お手製研磨機で、石らしきものを磨く人。




クラッチ屋。これだけで商売が成り立つなんてすごい。




果物屋さんもあり。



移動式、串焼き屋さんもありました。バナナの皮で品物を包むのですね。よく見ると、上に傘が差し込んであり、南国ならではの対策もなされてました。



また、つづく。。。





# by comalisfield | 2010-02-18 20:20 | | Comments(0)

慰霊旅行〜パレンバンへ

ご注意。新婚旅行ではありません(笑)。
父と旦那と三人で、インドネシアはスマトラ島にある、パレンバンという街に行ってきました。
私の祖父は、戦争でパレンバンに行き、残念ながらそこで病気になって亡くなってしまいました。
一度行きたいと、かねてからの父の希望であり、私自身も、遺影の写真でしか知らないおじいちゃんは、どのような所で最後を過ごしていたのだろうかと思ってました。



パレンバンのことを調べていくうちに、偶然にも、たまたまインターネット上に残っていた、当時の資料を見つけました。元は消されているため、どなたが何のために載せたものかは分からないのですが、当時の地図と街の様子を知ることができ、それを辿ってみることにしました。。。


                 
         *********





マレーシア経由で、エア・エーシア航空を使って、パレンバンへ入ります。





この航空会社が今度日本にも入るようになると聞いて、機内にある冊子を広げて路線を見てみると、おぼろげな日本地図が描かれていました。と言いますか全体的にいい加減な地図です・・・。
頼むぞエア・エーシア!





パレンバンに無事着きました。

まずは起点となる橋のある所まで、ベチャという三輪自転車に乗ることになりました。値段交渉中です。
三輪自転車はアジア各国にありますが、インドネシアの場合は、お客が前に座るスタイルでした。


大型バスとすれ違ったりして、ちょっと怖かったですが、視界をさえぎるものがないので、気持ちよかったです。



  目的地が近づくと、いろんな物を運んでる人々がいろんな方向から、湧くように出てきます。








     
 



写真ではわかりにくいですが、人が多い〜!
そして皆やたらと、でかい声を出し合ってます。
パレンバンは石油資源もあるので、すっかり都会なのだろうなと思っていたら、なんか違います。

 





橋の手前が庶民の市場になっています。これは、戦時中と同じようです。建物は残ってなくても、道なりや雰囲気は、かなりそのままのようです。



こちらの国の人は、きれいに品物を並べます。



金物も道ばたで売っています。





この子は、売る気はなく、蟹みたいのを目の前に物思いにふけってました。



こちらのおばちゃんも、可愛くきれいに並べています。



そうそう、この紙おもちゃのラッパ。近くで見ると手作り感たっぷりで、一時ブームになったのでしょうか?このあと、あんたもあんたもあんたもか!と飽きれるを通りこして笑ってしまうほど、いたるところで売られていたのですが、旅の間、誰も買っているのを見たことはなく、また、遊んでいる人も見なかったです。
ついこの前までは、よく売れてたのかもしれません。が、もう売れてないのは明らかなのに・・・何もしないよりは、なのでしょうか。



市場のちょっと中へ入ると、この人だかり。。。







流しのおにーちゃんもいました。









こちらの路地も気になりますが、ひとまず川の方へ出ます。







薄曇りの天気に、鈍く泥を運んでいる川があらわれました。
この景色は、戦時中と変わらないのでしょうか。
ウチのおじいちゃんも、ここへ来て、この景色を眺めていたのかしらと思うのでした。。。

つづく。。。


# by comalisfield | 2010-02-03 20:31 | | Comments(0)

新春のお慶びを申し上げます



ブログ、再開いたします。
大変ご無沙汰です。皆さま昨年はどのような一年でしたでしょうか?
私は人生節目の年となりました。
準備やら何やらで、パソコンから遠のく日々でしたが、また時々更新していきたいと思います。
これからも変わりなくお願いいたします☆

昨年11月、市内の神社にて式を挙げさせていただきました。
披露宴を我が家で行うことを決めてから、やっぱりこれでしょうと、まず朱塗りのお膳を求めてしまい、はてその後どうしたものかと、いきなりお手上げ状態から準備が始まりました(笑)。
そして多くの方々の暖かいお気持ちから物事が決まっていき、いろいろ知らなかったことを勉強させていただきながら、無事行うことができました。
その日のことは、当日写真撮影も頼んだ、親友のtomoちゃんの素敵なブログに載せていただいたので、ぜひご覧になってみてください(^^)
今、改めて、しっかりと前を向き、二人で一歩一歩あゆんでいこうと思う所存であります。
どうぞ末永くおつきあいのほど、よろしくお願いいたします☆



# by comalisfield | 2010-01-12 21:51 | | Comments(8)

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